浜松周辺の自治会・商店会・凧揚げ会など、あなたの町を応援します

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馬郡町
(まんごうり)
馬郡町 自治会長 :野寄 昌義
馬郡町舞阪駅前 自治会長 :原 進
世帯数  : 1065戸 総人口3321人 男性1632人 女性1689人
町由来  :ここの土地は本陣へ宿泊する諸侯の侍の馬を止めておいたところ、
       馬の集団がいたところの意味合いから「馬郡村」と呼ばれた。
たこ由来 :
馬込町
(まごめ)
世帯数  : 146戸 総人口393人 男性192人 女性201人
自治会長 :袴田 栄治
町由来  :東海道を往来する人を乗せる「馬」をここに「飼う」場所のことを「馬ごめ」ここから由来
たこ由来 :
馬込町奴組 凧揚会http://www2.wbs.ne.jp/~kato330/maturin7.htm
松江町
(まつえ)
世帯数  : 36戸 総人口100人 男性47人 女性53人
自治会長 :石塚 貞勝
町由来  :鳥居の形をした松,旅人が振り返ってみた松,足利将軍が馬を止めた駒込の「松」が
       存在していたことと、馬込川は大きな河である「江」に通じるとの意味から。
       明治22年の浜松に編入時は「サクラ町」大正14年板屋町,新町,寺島町と合併し
       「松江町」
たこ由来 :
松小池町
(まつこいけ)
世帯数  : 144戸 総人口500人 男性247人 女性253人
自治会長 :高橋 博一
町由来  :若い男が憧れの美少女お松が笠井町の若い僧侶と恋に落ち親に結婚をさせてほしいと
       哀願したが親は許さない思いつめて池に身を投げた悲恋物語が由来。
       お松恋池から「松小池」説
       この土地には小池、水溜りが至るところにありその周囲には小松が生えていたのでの説
たこ由来 :
松島町
(まつしま)
自治会長 :井口 和廣
自治会長 :高山 常夫
世帯数  : 300戸 総人口1036人 男性506人 女性530人
町由来  :白砂青松の島だあったので、松にあやかり、いつも緑が枯れることなく続く平和で
       幸多い島であるように念じ「松島新田」としたが後に単に「松島」と呼ぶようになった。
たこ由来 :
松城町
(まつしろ)
世帯数  : 266戸 総人口614人 男性280人 女性334人
自治会長 :秋山 光小
町由来  :明治15年(1882年)作左、馬冷、袋町の三字を合体してなづけた。
       浜松税務署の前に「徳川家康の鎧かけの松」があった。この松は樹齢千数百年の松。
       この松にあやかって名づけた。
たこ由来 :凧の五十五の図柄、五十七の図柄のような判じ絵を記し、現在は角ゴシックの「マ」に定着。
丸塚町
(まるづか)
世帯数  : 820戸 総人口2283人 男性1161人 女性1122人
自治会長 :杉浦 昭徳
町由来  :この土地の中央に「砂の丘陵」が存在していたので丸塚とよぶ。砂丘を塚と呼ぶ。
たこ由来 :
三方原町
(みかたはら)



村松会長 小沢組長
見方原南 自治会長 :有賀 久明
見方原 自治会長 :村松 英男
百園 自治会長 :鶴田 昌義
百里園 自治会長 :石原 弘也
清水 自治会長 :横山 久三彦
世帯数  : 3398戸 総人口10164人 男性5016人 女性5148人
町由来  :大和の「高市御県」の遺称と考え。「三方原」は「御県原」の義。
       最初「ミアガタの原」から「ミカタガ原」となり「ミカタ」に漢字の「三方原」があてられた説。
       祝田村、都田村、和地村の三村の入会地だったので三方原という名ができた説。
たこ由来 :
一言 祭り参加12年目を迎える三方原組です。今年も初子さんの健やかな成長を組員会員で祝い事故のない楽しい祭りを目指します
三方原南



有賀会長 市原組長
たこ由来 :
一言 21世紀スタ−トの年,三みなみ組も10周年を迎えます初子様の凧が天高く上がります様一致団結頑張ります
三組町
(みくみ)
世帯数  : 349戸 総人口904人 男性407人 女性497人
自治会長 :谷野 政雄
たこ由来 :三町が合併して出来た町、始めは三筋を斜めに組を記し、現在の楓と三組。楓の紋章は
       秋葉神社の社紋。横に三を引き組を表した時もある。
町の由来 地域一帯は江戸時代は武家屋敷、地域には秋葉の森、秋葉墓地、秋葉坂、清水坂、清水谷と呼ばれる起伏が多く小路が入り組んでいて、自然の地形は、浜松城西の守りとして、治安を守る、山手の侍屋敷町として栄える。町名のの由来は小字名の秋葉、半頭(はんこう)、清水3つの地域が明治13年に統合されてできた。
三島町
(みしま)
世帯数  : 1812戸 総人口5165人 男性2576人 女性2589人
自治会長 :土屋 新太郎
町由来  :三嶋明神社(浜松神社)が鎮座しているからの説。天竜川の跡地で三箇所に分かれて、
       家が形成されていたので三島と呼ぶ説。
       天竜川の中洲で三つの小高い平地があり、ここに田畑と家が形成されたので
       三島と呼ぶようになった説。
たこ由来 :
南浅田
(みなみあさだ)
一丁目 世帯数  : 472戸 総人口1284人 男性613人 女性671人
二丁目 世帯数  : 203戸 総人口556人 男性267人 女性289人
自治会長 :小池 厳
町由来  :
たこ由来 :
南伊場町
(みなみいば)
世帯数  : 527戸 総人口1153人 男性720人 女性433人
自治会長 :清水  浩雅
たこ由来 :
町の由来 JR(旧国鉄)の従業員官舎が増え,町が大きくなる。昭和41年東伊場町の一部と西伊場町の一部が合併して出来た町。
都田町
(みやこだ)
山川 自治会長 :坪井 三治
新木 自治会長 :鈴木 保好
横尾 自治会長 :藤崎 邦夫
谷上 自治会長 :富田 健太朗
中津 自治会長 :山下 晴治
一色 自治会長 :袴田 哲夫
吉影 自治会長 :大石 恵也
中野 自治会長 :鈴木 明甫
須部 自治会長 :須部 孝一
沢上 自治会長 :森島 真澄
白昭 自治会長 :瀬古 健二
前原 自治会長 :細田 亮治
世帯数  : 1924戸 総人口6039人 男性2970人 女性3069人
町由来  :古くは京田郷(みやこだ)「美也古多」の時期もあった。京は、くらの意味「税金」の
       収納場所物資の集められるところを「都」と呼ぶ。こんなことから名をつけられた。
たこ由来 :
宮竹町
(みやたけ)
世帯数  : 259戸 総人口658人 男性332人 女性326人
自治会長 :鈴木 孝次
町由来  :蒲神明宮の新領地の土地で至るところに竹林があったので宮竹と呼ぶ説。
       古くは竹村と呼ばれていたが、蒲神明宮の屯倉(みやけ)が建てられてから宮竹と称す説。
たこ由来 :
三幸町
(みゆき)
世帯数  : 504戸 総人口1444人 男性731人 女性713人
自治会長 :夏目 邦一
町由来  :三方原村瑞穂、千代田、平手塚の三つが合体して産声あげる。第一に家庭の幸せ、
       町の発展第三に平和な国の建設これが達成されて幸せがくる。
       ここは全国からの入植者で建設した町。
たこ由来 :
向宿
(むこうじゅく)
一丁目 世帯数  : 259戸 総人口618人 男性328人 女性290人
二丁目 世帯数  : 359戸 総人口1000人 男性478人 女性522人
三丁目 世帯数  : 252戸 総人口703人 男性345人 女性358人
自治会長 :山下 治二
町由来  :向くというのは相対する意で、宿とは宿場のこと。天竜川をはさみ、
       浜松の宿に対しての宿から向宿と命名。江戸時代中期以前は向州、向島と呼ぶ。
たこ由来 :
村櫛町
(むらくし)
世帯数  : 876戸 総人口3112人 男性1530人 女性1582人
自治会長 :小松 喜久雄
町由来  :
たこ由来 :
元魚町
(もとうお)
世帯数  : 299戸 総人口610人 男性283人 女性327人
自治会長 :小田木 勇
たこ由来 :分銅に「も」の字形は、消防組の当時の纏頭。違い二ツ目の現在の図柄は由来不明。
町の由来 室町の末から天正のころ旅篭町裏には魚屋が軒を並べて俗称「魚町」と呼ばれていたが,お城に遠く不便であったので慶長5年(1600年)に肴町へ移った。本魚町には魚屋がいなくなり「元魚町」となった。
元城町
(もとしろ)
世帯数  : 240戸 総人口540人 男性261人 女性279人
自治会長 :佐倉 美代次
町由来  :この土地に浜松城が所在していたことに起源している。
たこ由来 :日の丸の図柄には深い関りはないようである。
       日露戦争勝利の表現を凧合戦勝負の縁起を担ぐとか。
元浜町
(もとはま)
世帯数  : 731戸 総人口1656人 男性783人 女性873人
自治会長 :瀬崎 正人
町由来  :野口、八幡、早馬、玄黙この地区を「元浜松」と称していた。
       浜松の元地の意味松を除き決る。
たこ由来 :波の図柄に元を配し、元浜町を表現する。
森田町
(もりた)
世帯数  : 204戸 総人口468人 男性253人 女性215人
自治会長 :小澤 重次
町由来  :昔、不毛の沼であった。土地を開墾して見事な田にした意味と屯田から「毛利田」と命名。
       森のつく地名は神社の意味する。「杜」は神社を呼ばせる。元来「杜の森」に由来する。
       1875年(明治8年)「毛利田」から「森田」に改称した。
たこ由来 :現在の凧印は大正14年地域改正時に出来た町名。最初凧揚げで参加のモリの印。

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当ページの『凧印のデータ』は凧の工房 みやび様、うなぽん観光局様よりのご提供です。

Last updated: 01/03/06♪